死ぬにはまだ早い。

パニック障害の私がA.B.C-Zを応援しながら生きていくお話。

辿りついた先がA.B.C-Zだった話。

はじめまして、umsb(梅柴)です。


このブログは人に紛れて生きることが苦手な私が現在の生きる糧であるA.B.C-Z.主に五関晃一君について書き殴っていくブログです。



五関晃一におちたはなし。


忘れもしない、2014年7月1日。

私は東京代々木はアイアシアターにて、舞台の上で天使と心中してしまった悪魔に心を奪われてしまいました。


なんて美しいのだろう、と。



私がA.B.C-Zという存在を認識したのはたぶん2010年。

その頃私はエイトが好きで、日々彼らの活躍をテレビで追っていました。

エイトの中でも特に好きだった横山君が「少年倶楽部」なる番組にゲスト出演すると知り、初めて少クラという番組を見たのです。

その少クラはin関西で今のジャニーズWESTたちもいました。


そこで私は桐山照史に一目惚れします。


なんだこいつ、とお思いでしょうが、一目惚れしたのです。V.I.Pを歌う彼に。

その日から私はひたすらに関西jrたちを追いかけることになったのです。


当時まだ露出の少なかった関西jrたちを目に出来る機会は少なく、おまけに関東住で当時中学生、既にパニック障害の兆しありの私では彼らを見に松竹座へなんで夢のまた夢。

アイドル誌と時折の関西jrにQぐらいでしか大好きな彼らを見ることができなかったのです。


関西jrにQを見逃さないようにと通常放送の少クラも見るようになり、そこでやっとA.B.C-Zを知ります。


A.B.C-Zの第一印象は覚えていません。正直、全く興味がなかったので。

かろうじてとっつーのことを髪のなげぇ奴だなと思っていたことぐらいです。


関西jrを応援するようになりもうすぐ2年という夏の日、照史から鞍替えして応援していた子が事務所を辞めてしまいました。

好きなアイドルがいなくなってしまう、という経験が初めてだった私は取り乱し、泣きわめき、一つの結論にたどり着きました。


「じゃあ、デビュー組を応援しよう」


我ながら単純です。

でも既にデビューしている人間を好きになればもうあのような出来事に遭うことはないと思ったから。


そう思った私は、


sexy zoneを応援しだします。


なんだこいつ、とお思いでしょうが、好きになったのです。特に菊池風磨君。

彼のことはA.B.C-Zにおちた今でも好きです。

なんなら明日はsexy zoneのコンサートに行ってきます。


そしてあくまでsexy zoneを見るついでだったA.B.C-Zを気になり出す時が来ました。


中島健人君主演の「BAD BOYS J」

ドラマから映画の一連のプロモーションの中で金髪ヒロ様なはっしーが輝き出したのです。


かくして完全に追う対象となったA.B.C-Z,

この頃はやはりヒロ様から入ったこと、そしてその年のABC座を見たことにより(この頃、だいぶ人混みに入れるようになった)はっしーが一番だった。


そして翌年の夏、

前々から母が行きたがっていたプレゾンが外れ、ガムシャラ系のチケット争奪戦にも破れ、現場がないと泣く私はファウストのチケットに手を出します。


「なんかファンタジー系だしいいじゃん!手塚治虫の原作だし、天使とか悪魔とか超好きだわ〜」


そんな軽いノリで。あの運命のアイアシアターに足を運んだのです。


今まで1ミリの興味もなかった五関晃一君。いいや、五関様?

舞台の上の冷酷な悪魔。

自身の本体である主に忠実に従い、新たな人生を手にした男に付き従い、愛を考え、苦悩して、自分の導き出した愛のもと、天使とともに死んでいったあの悪魔。


はい、五関晃一におちた瞬間。


正確に言うならばミカエルと抱き合い一つの剣で心中したシーンですね。

おそらく好きな人が多いであろうあのシーン。

私はあの出なのです。

オフィスト出の新規なんです。


その日はうわ言のようにオフィスト……と呟きながら帰り、そしてその日の熱は冷めることなく今日まで続いているのです。



これが私の五関晃一におちた話。